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「プラセボ」って何?

「プラセボ」って何?

文責:志村勝之 [カウンセリング談話室]

 親愛なる阿部弘子先生。
大阪カウンセラーズネット(以下OC‐NET)サイトの、この「心理療法ウッキーペディア」コラムに、わざわざ、それも初陣を飾ってのご寄稿をいただき、まことに有難うございました。
 さて、先生がテーマにされた「同種療法(ホメオパシー)」を私が初めて知る契機となったのは、1989年に拍樹社から刊行された「ホリスティック医学」(日本ホリスティック医学協会編)でした。
その本は同種療法をこのように紹介しています。
 「(前略)インドの他の自然療法にはホメオパシー(Homeopathy 同種療法)がある。
これは19世紀初頭に、ドイツ人医師のサミュエル・ハネマンが創始したもので、インドでもイギリスでも、たいへんポピュラーなものであるが、日本ではあまり知られていない。
 ホメオパシーの根本原理は、『類をもって類を治す』である(後略)」。
私はこの「類をもって類を治す」という着想に惹かれて、その後もずっとこの同種療法が気になっていたのです。

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 そして、1年ぐらい前のことになるのでしょうかね。
大阪府臨床心理士会の一分科会・私設相談(開業)部会のある会合でお会いした阿部先生が、かねてより同種療法を推進されていることを知り、「何か簡単にわかる本はありませんか?」とお尋ねしたところ、先生は早速「子供にもわかるホメオパシー」(ホメオパシー出版)という本を贈呈して下さいました。
 私自身のカウンセリング観にはコミュニケーション理論が色濃く流れていますので、私にとってまさしく「異種」である同種療法のその本は、私の「異種」との「思考の戯れ」に十分寄与し、私の想像力に刺激を与えてくれる一冊となりました。
 その後、私設相談部会に属する有志12名の開業カウンセラーによりこのOC-NETサイトが発足するようになり、阿部先生も参加していただくことになったわけですね。
さらに、このサイトの情報更新を重ねていくことを意図して、「ウィキペディア」ならぬこの「心理療法ウッキーペディア」(この「ウッキー」が何を意味するのか今もって私にはわかりませんが)コラムを設けることになりました。
 ところで臨床心理士でもあり精神保健福祉士でもある阿部先生が、あえて同種療法をこのコラムで取り上げる可否について、私がOC-NETのメンバーに諮ったことを先生はご記憶のことと思います。
その最大の理由は、わが国の臨床心理士試験受験生のバイブルとも言われる「心理臨床大事典」(培風館 2004)で、同種療法に関する記述が一行たりとも見出せなかったところにあります。
 それはすなわち現在の臨床心理学においては、同種療法が「心理療法外」と位置づけられていることを物語っており、それがゆえに他の臨床心理士からの反発も予想されるのでは?との危惧が私を過ぎったのです。
しかしそうした私の懸念は、少なくともOC-NETのメンバーには無用のものでした。
「異種」を受け入れるメンバーの寛容さに、あらためて感銘した次第です。
 また阿部先生は、私が先生に次のようなリクエストをさせていただいたことも記憶されていることと存じます。
「新潮社から出版された『代替療法のトリック』では同種療法をことごとく批判しているので、ぜひこの機会にその本を読んで先生なりの考え方を堂々と述べてみてください」と。
 この私の発言の裏には、有名無名を問わずわが国の臨床心理士たちは、おしなべて論争を避けたがる傾向を有しているという私の「思い込み」があったからです。
その私の「思い込み」をヨソにして、阿部先生はまったくたじろぐことなく、反論に加えてご自分の主張の展開を果たされていました。その心意気に深く敬意を表する次第です。

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 前置きが長くなりましたね。
私に与えられたテーマは「プラセボ」効果について語ることなので、そろそろ本題に入っていきましょう。
 今を去ること40年程前、20代後半だった私には催眠技法の習得にのめりこんでいた一時期があります。そのときに憶えた言葉が「プラシーボ(placebo)」でした。
今では「プラセボ」の呼称が通例になっているようなので、以下「プラセボ」と表記します。
 「プラセボ」とは、要は「偽薬」のことです。
たとえば医師から「これはビタミン剤です」と言われて普通の「生理食塩水(偽薬)」を注射された患者が、ビタミン剤と同様の効果を示したりすることがあります。これが「プラセボ効果」と言われるもの。
 阿部先生も参考にされた「代替療法のトリック」(サイモン・シン&エツアート・エルンスト著、青木薫訳 新潮社 2010)では、「鍼灸」「同種療法」「カイロプラクティック」「ハーブ療法」といった「代替療法」が、すべて「科学的」に根拠があるものではなく、あるとすれば「プラセボ効果」だけであり、それは患者が支払う高い報酬に決して見合わないものであると一貫して主張します。
同種療法を例にとれば、そこで使用される「レメディ」は「なんら有効成分を含まない」もので、唯一考えられるのは、「もちろん、プラセボ効果だ」と切り捨てます。
 同種療法に無知な私は、その「レメディ」がいかなる効能をもたらすものかを論じるつもりはありませんし、それを追求する関心もありません。
しかし先月の原稿で阿部先生が指摘されたように、同種療法には多数の「実績例」があることも歴史的事実のようです。
 この違いは、果たしてどこから生じてくるのでしょうか?

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 私の考えるところでは、それは「正当性」と「有用性」とを問う論点の違い。それだけのように思われるのです。「代替療法のトリック」の著者は、もちろん前者に属します。
その著者にとっての「正当性」とは「科学的」であり、煎じ詰めれば「EBM(Evidence-Based Medicine)」に適っているかどうかに基づいています。
 EBM(以下エビデンス)は、ある治療方法が経験則ではなく、科学的な臨床試験で立証された知見に基づくものかどうかを強く迫ってきます。
医療分野はもとより、臨床心理学領域でも最近一種の流行のように唱えられてきているのが、このエビデンスなるものです。
ところでエビデンスとは、本来「リサーチ」と「臨床試験」に加えて、患者の「評価」という要素も組み込んでいかなければならないものでしょう。
その「評価」には、「効いたかどうか?」だけではなく、たとえば「役に立ったかどうか?」といった多面的な視点も必要になってくると思われます。
それらが組み込まれた場合、いわゆる代替療法の価値はまったく違った様相を帯びてくるのではないでしょうか?
 ちなみに「代替医療のトリック」については、2010年3月21日付の朝日新聞(朝刊)で広井良典千葉大学教授が、私も賛同できる「書評」を書いておられますので是非ご一読ください。
そこでは「本書を契機に議論すべきは、そもそも『病気』とは何か、『科学』とは、『治療』とはといった、現代医療をめぐる根本的な問いの掘り下げだろう」で結ばれています。

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 再び「プラセボ効果」に論点を絞り直します。
「プラセボ効果」の話題を先のOC-NET編集会議で出したとき、議長役の酒林康雄先生(十三カウンセリングルーム)が上手い表現をされましたね。
「同じ薬を出しても、名医とヤブ医者とでは効き目が違う」。
それこそが「プラセボ効果」の的確な喩えでしょう。
「代替医療のトリック」の著者が「プラセボ効果にしか過ぎない」と切り捨てた「プラセボ効果」。
 私たち開業カウンセラーはそれぞれ独自のカウンセリング技法を当然有していますが、そうしたスキル以上に大切なことは、クライエントにその「プラセボ効果」をどこまで与えることができるかどうかにある。少なくともこの私は、その確信を抱き続けています。
そのためには、こちらの態度・姿勢・言動・感性に加えて、相手をどこまでも理解し、共感しようとする「まなざし」が何にもまして必要だと思われてならないのです。
 浜松医科大学名誉教授の高田明和先生が、近著「うつ克服の最強手段 言霊療法」(NHK出版 2010)で興味深い指摘をされています。2つばかり引用しておきましょうか。
1.米国コネチカット大学の心理学のアービング・カーン教授による抗うつ剤の効果の論文(1998)によれば、抗うつ剤の効果の4分の3はプラセボ効果であった。
2.「精神科の薬は最初は非常によく効く。ところが効かないという患者が出てくると急に効かなくなる。これはどういうことでしょうか?」という質問を受けて、高田先生は「むしろ、薬が効かない人がいるという『情報』が薬を効かなくしているのではないでしょうか」と応えられています。
この2例は、まさしく「プラセボ効果」の「妙」を指してのものでしょう。

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 本稿の最後に、作家である下田治美氏の著書「精神科医はいらない」(角川文庫 2004)に触れておきます。
この本は著者みずからの「うつ病」との「格闘記」にもなっているものです。また、その「格闘」にあたって知り合った同じ精神科通院の仲間たちの「それ」にもなっています。
 カリスマ精神科医とも称せられるあの神田橋條治先生は、「うつ病治療 現場の工夫より」(メディカルレビュー社 2010)の「まえがき」でこんなことを述べられています。
 「『医療崩壊』の主因は政治の誤りではない。医療技術の劣化すなわち診断・治療の知恵と技量の貧困化が主因である。少なくとも精神科医療においてはそうである。DSM、EBM、アルゴリズムなどの流行が医療者の行為を産業ロボットのそれに近づける効果を果たしていることは、大方の認めるところとなっている(後略)。その現象を含め、精神科医療の劣化現象の根底には医療者の魂の劣化があるように思えてならない」と。
 こうしたあたかも「魂の劣化」をきたしたような精神科医たちを、下田治美氏は俎上(そじょう)に載せているようです。
そうした医師たちにたびたび遭遇してきた下田氏は、精神科医やカウンセラーにはいかに「共感」能力が求められるかを力説します。
 そして、次のような言葉も添えられていました。
「わたしの住んでいる業界でも、『処置なし』と医師に見放された重篤な統合失調症のあるひとが、あるとき偶然すばらしい共感者にめぐり会いました。
『生まれてはじめて自分のことを理解してくれるひとと出会った!』と感涙にむせんだそうです」。

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 「生まれてはじめて自分のことを理解してくれるひとと出会った!」。
この感情を生起せしめることこそが、「プラセボ効果」の最たるものではないでしょうか。
阿部先生、そしてOC-NETに参加してくださった開業臨床心理士の諸先生方。
 クライエントがカウンセラーと出会った瞬間に、「あ、この人なら私を救ってくれる!」。
そんな「プラセボ効果」を放つカウンセラーになるべく、今後「カウンセラー魂」の研鑽も共に重ねていきたいと思うのですが、いかがなものでしょうか?
 末尾に蛇足を。
次月は酒林先生が「箱庭療法」を書く番ですよ。自称「時間強迫神経症」の私と違って、先生の遅筆はつとに存じ上げているところですが、ユメユメ遅れることのなきようにね・・・。

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